通過儀礼 ~おひとり様の介護離職~

  2017/12/4
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アラフォーを過ぎると、気になってくるのは実家の年老いた両親のこと。

もし両親が病気や認知症になってしまったら・・・?

今回からシリーズでおひとりさまの介護離職について経営コンサルタントの高橋一郎さん(仮名)に語っていただきます。高橋さんは40歳でおひとり様という状況で、お父様の介護のため実家に戻ることになりました。当時の様子を振り返っていただきました。


40も半ばを超えて、ぼちぼち友人・知人に、「親の介護」に携わる方が出てまいりました。

高齢化の進む日本、決して他人事ではございません。自身の親だけでなく、配偶者の両親も含めると、いつ、誰が“ケアラー”になってもおかしくないのが現状です。

かくいう私も、40歳の時に実父の認知症に直面し、以来2年間、介護のために職を辞め、アパートを引き払い、実家に戻った経験がございます。認知症介護に不安を持たれる方、現在認知症介護に携われる方に向けて、少しでもお役に立てる情報をご提供できればと思い、筆を執りました。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

①介護は突然始まる

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友人からのライン。「ガンが見つかって今度入院しなくちゃいけなくなった」。病気とか入院とか他人ごとと思っていたけど、身近な人たちの話を聞いて不安になる。今は健康で働いているけど、もし何かあったら・・・?
もう一つ、気になるのは年老いた親。最近は階段の昇り降りがつらいらしい。親の介護が必要になったら、面倒を見るのは多分、娘の私になるだろう。「すぐそこに迫る医療や介護の知識を正しく知る」ためのジャンルです。
「お父さんの様子がおかしい」

私の介護は叔母の電話1本で始まりました。「来たか!」というのが最初の感想です。

「物忘れが激しく、同じことを何度も言う」

テレビや新聞で見ない日はない認知症。いつか自分にも起こるかもしれない、と頭の隅で思わなくもなかったですが、まさか自分の身に降りかかるとは…。

詳しく聞くうちに足がすくんでいくのが分かりました。頭では冷静を保つようにしていましたが、太腿に力が入らず、立っていられない自分に驚きました。こんなことは高校生の時、校舎の屋上で先輩にボコられた時以来の感覚です。

人間の体は案外単純なのだなと、妙な関心をしつつ、離れて暮らす弟に電話で事情を話し、今後のことは随時連絡を取ることでいったん電話を切りました。

静寂が戻ると、途端に不安に襲われます。一人ではいられず、もう一度叔母に電話をして、何度も状況を確認したり、再度弟に電話して不安をぶつけたりと、40過ぎの男としてはなんともみっともない姿です。夢であってくれ、介護だけは勘弁してほしい。そんな思いが錯綜しました。

しかしながら、いつまでも怯えていられず、何らかの対策を講じなければなりません。

最初に行ったことは、「認知症」のネット検索です。「認知症 治療」と入力し、検索結果を一つずつ調べると、概ね「治療法はない」という結果です。さらに不安は高まります。その日は朝までパソコンの前から離れられなかったのを覚えています。

時間が止まる

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通過儀礼 ~おひとり様の介護離職~ 時間が止まる
翌朝目が覚めても、昨日のことが夢でなかったことに改めて打ちのめされました。「ああ、夢でなかったのだ」と。トイレに行っても、テレビを見ていても、そのことが頭を離れません。一日中心がざわついている感覚です。

家を出て、出社しようと駅まで歩く途中でも、周りの人はいつもの朝と変わらない日常を過ごしています。「ここに親が要介護になった人間がいる」ことなど、誰もお構いなしです。また、それまで耳にすんなり入ってきていたテレビの音や駅のアナウンス、店員さんの声など、まったく耳に入ってきません。まるで自分だけ時間の流れから外れてしまったかのようです。例えが変ですが、会社をリストラされた後や、恋人にふられた後の時間帯が、似たような感覚かもしれません。後から気が付いたのですが、この日から私の時間は止まっていたのだと思います。

週末には実家に戻り、父親本人に会って様子を確かめなければなりません。週末までの時間が長く、そして短く感じられました。はやく確認したい、でも確かめたくないという「葛藤」の状態です。よく言われる、「介護はつらい」というのは実は正確な表現ではなく、「介護において発生する葛藤はつらい」なのではないかと思います。事実、その後、あらゆる場面で違った「葛藤」が襲い掛かってきますが、つらかったのは「在宅か施設か」「治療かソフトランディングか」のようにジャッジを迫られる場面だったように思います。

さて、いよいよ週末。実家に戻る帰路もとてつもなく長く、一方で短く感じられました。
しかし、私の中には一筋の光明がありました。インターネットで調べたのですが、高齢者には「せん妄」という症状がある、ということです。家族に詳しく聞くと、発症前に父は胆管を患い、何日間か医療機関に入院していたそうです。

高齢者が入院等で環境が突然変わってしまった場合、「せん妄」といって、認知症と似た症状がでることがあるそうです。こういった障害は可逆的で退院する頃にはなくなっているので、安心してよい所見と記載がありましたので、その記載に縋り、何とか実家に戻りました。

実際に父に会ってみると、ぱっと見はいつもと変わりません。しかし、実際に話してみると、確かに記憶に障害があり、今言ったこともすぐに忘れてしまうようです。「自分はおかしくなってしまった」と病識(病気に対する自覚)もありました。
 
通常、認知症の中のアルツハイマー型認知症の場合、病識がないのが特徴、ということでしたので、ますますせん妄ではないか、とやや安心した覚えがあります。大丈夫、時間がたてば元に戻ると、父、母、親戚、そして自分に言い聞かせ、父の肩を叩いたのを覚えています。

記憶に障害を持った状態の父

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通過儀礼 ~おひとり様の介護離職~
記憶に障害を持った状態の父
それでも、記憶に障害を持った状態の父に会った時の衝撃は今でも忘れられません。しかしながら私の世代ですと、子供時分に2つのアニメーション作品で似たような衝撃を既に体験しています。

 ひとつは「あしたのジョー」。プロボクサーである主人公・矢吹丈が、パンチドランカーになってしまったかつてのライバル、カーロス・リベラと再会したシーンは、子供心に相当なインパクトがありました。南米の色男、と矢吹丈が評する洒落っ気たっぷりだったかつてのスターが、パンチドランカー症状のためシャツのボタンも留められなくなってしまった描写は、その落差を際立たせ、状況の深刻さを強調していました。そんなカーロスを見かねて自らボタンを留めようとする矢吹丈にも、既にその症状が出ている様は、ラストへの重要な伏線として印象に残っている方も多いと思います。

もうひとつは「機動戦士ガンダム」。主人公であるアムロ・レイ少年が、宇宙における戦禍に巻き込まれ、軍事科学者である父親と生き別れてしまいます。後に奇跡的に宇宙で再会した際、父親は「酸素欠乏症」に罹り、優秀な科学者として新型兵器を開発したほどの知的能力は見る影もなかったシーンも、不安とも恐怖ともいえない重苦しさを感じました。

(この2作品の視聴体験のおかげで、人生の修羅場の一つであり、本来はもっとつらい場面だったかもしれない状況で、やや客観的な視点を維持できたように思います)
 
2泊後、私は仕事に戻るため帰京しました。今後はもう少し様子を見て、症状が改善しなければ医療機関へ行こうと母親、親戚と話し合い、不安を引きずったまま仕事に戻りました。この時から、私の「介護」はスタートしたのでした。

■教訓

・介護は何の前触れなく始まる
・自分に介護が始まろうが、地球は周り、社会は非情なほど変わらず動く
・厳しい現実を受け入れるのには、実際に起こってからタイムラグがある

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